三人称は、旦那さんと、夫さんと、主人と、パートナー。

おばさんのボヤキ

このブログで私のパートナーを代名詞で何と記していいのか悩ましい。

二人での遠征やお散歩を日記するのも良いなと思うが、配偶者の名前をさらす気もなく、三人称をどうしたらいいか考えてしまった。

男女平等とはいつつも、脊髄の奥まで浸透している、男性を立てる日本の風習。
そんな私自身も、ついつい心理的にも行動でも男性の後ろに回ることが多い。こんな世代は私の世代で終わらせたいものだ。

子なし夫婦、二人で行動したことを綴りたいと思ったが、50代の妙齢の中年夫婦が「A君」と「君」呼びで文章に登場するのは気恥ずかしい。たかがブログに、いちいち気になる自分にも若干の面倒くささを感じる。

旦那さんと言ったりもするが、

普段は会話で「うちのダンナさんはさぁ〜」と言ったりしているが、どうも変な気分になる。子供がいたら「パパ」とか「うちのお父さんはさぁ」と、役割を呼び名にできるのだろう。

「若旦那」という言葉もある。ネットでサクッと調べてみると、文教用語でサンスクリット語の「ダーナ(檀那)」が語源だという。そしてお布施、またはお布施をする人という意味だそうで、お寺にはありがたい人を指すとのこと。

>>引用:伝教大師最澄1200年魅力交流
何気ない日常会話に潜む仏教用語 其の三 より

「旦那」
この「旦那」という言葉ですが、サンスクリット語の「ダーナ(檀那)」が語源で、布施、または布施をする人という意味だそうです。寺院や僧侶からすると、そういうことをしてくれる人たちのことが檀那というわけです。それが転じて、財産家や夫、パトロンのことをそのように呼ぶようになったそうです。経済的にも精神的にも支えてくれる存在が「旦那」ということになります。

経済的に支援しているだけでなく、私はだいぶ経済的にも家庭生活を引っ張っている。家事を専業主婦レベルでがんばり、自分のキャリアうんぬんではなく、生活のための収入を得ていることを自負している。

上段の「お布施」は私が半分はしている。ただのおしゃべりでも「ダンナさんが〜」と口にするのも嫌な気分になってしまった。

「主人」と言いづらい感情がフツフツと。

家の主ということで「主人」だとすると、これもまた少し嫌な気分になる。我が家は、賃貸なのだが、正社員で働くのは私なので、書類上では私が借主にサインをした。これは私が「主」ではないのか?!

彼自身がフリーランスで働くことを理解しているものの、ここまで私が気を張る必要があるのかと、一緒に生きて行こうとしているのかどうか、常に不安にさせられるのも事実だ。

がしかし、経済的な競い合いになるのは、これもなんとなく気が引ける。働き方と生き方はいろいろで、なんとか、ここまでやってきたのだ。
でもなぁ、私も「主」なのだ。

「パートナー」というと少し「賢い人」のポリシー感があるし、

男女平等やSDGs的な考えなどもあり、メディアで「パートナー」と言う知識人が居る。

日常で触れるエッセイなどの文章やラジオなどの音声でも、平等な夫婦を表現するために「私のパートナー〜」としっかり言葉にしている方々いる。そしてそれはカッコ良いと感じる。
しっかりしたポリシーが感じられるし、メディアで必要な行動や言動だと思うし、主要メディアではそうであってほしい。

がしかし、私の生活や私のブログに記すには強く、まだ、私が言葉にするには上手く馴染めない、なんとも情けない遅咲きの女性活躍推進派だ。

ちなみに「夫」の意味は、

AI(gemini)によると、

「おっと」という意味で、「男人(をひと)」から変化した言葉とされています。結婚式のときに男子が正装した晴れ姿であることから、「おっと」という意味で使われます。

古くは、大人の男子を「一夫」「二十夫」のように数えていたことから、「おとこ」という意味もあります。

結婚したり大人の男性を表しているようだ。この辺なのかも知れない。

「配偶者」が一番、合理的だと感じるも、

書類で見る「配偶者」は法律上では婚姻関係にある妻や夫としている。まぁこれが、一番ぶなんだんだろうと思う。一方で、文章力ない私が「配偶者」と書き出すと硬くいびつになる。これは私の問題だが。

>>引用:マイナビジョブ20’s 配偶者とは?正しい意味と履歴書や確定申告での注意点

「配偶」とは「夫婦」や「つれあい」を意味し、広義では「添いあったカップル」を指します。 法律上婚姻関係にあれば、妻や夫はそれぞれ配偶者となりさまざまな控除が受けられるようになります

ここまでをチャートに書き出してみると、

※個人的な感覚なので、いろいろご了承ください。

このブログでは私の配偶者を「夫さん」と表記しようかと。

このブログではかぎりなく平等で少し柔らかく「夫さん」として綴って行こうと思う。

憎たらしく、理屈だらけで、おぼっちゃんの私の配偶者は、たくさんケンカをして、たくさん仲直りして何とかやって来た。

日々の生活で家事や仕事をしていると不平等だとは思った時もあるし、よーく目を凝らしてみると大切にされていたり、日々は複雑で権利とか存在とか愛とか養っているとか、改めて考えると、自分がややこしい奴だと気が付き少し落ち込む。

三人称に悩む日本語も難しい。

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